乙一『石ノ目』
 乙一『『夏と花火と私の死体』
 重松清『エイジ』
 乙一『GOTH』
 漫画版『GOTH』
 西尾維新『クビキリサイクル』
 『クビシメロマンチスト』読み途中
 西尾維新『クビシメロマンチスト』
 恩田陸『木曜組曲』
 山田風太郎『明治断頭台』
 石田衣良『アキハバラ@DEEP』
 乙一『天帝妖狐』Jブックス版
 戯言シリーズから考えるパロネタ
 西尾維新『クビツリハイスクール』 



05年3月13日 〜乙一『石ノ目』

 ・乙一の短編集『石ノ目』を読む
 → 図書館の返却期限が金曜だったんですが、気にしないように・・・・・乙一だったら『ZOO』の方が読みたかったんですが、ウチの市の図書館には乙一作品自体が滅多に置いてなくて。かろうじて1冊あったのを借りてきて読み中。まぁ、普通に面白いです。







05年3月16日 〜乙一『『夏と花火と私の死体』

 市立図書館で乙一作品を探すとソレ1冊しかなかったので、『夏と花火と私の死体』を借りて読書中。内容よりも挿絵の顔が怖いですよ!「お兄ちゃんの妹だから結婚できない」なんて台詞に萌えてページめくったらギャー!
 あと、こないだの小田原遠征の際に「イジメ・引きこもり・リストカットみたいな小説ない?」と兄貴に聞いたら「重松清」と即答されたので、重松作品を1冊借りてきました。兄貴の彼女に「暗いコだなぁ」と思われてないか不安です(笑)






05年3月24日 〜重松清『エイジ』

 
■ 漫画サイトで頻繁に小説の話をしたくはないのだけれど
 重松清『エイジ』読了〜。(→ Amazonの紹介ページ
 僕が兄貴にリクエストした「イジメ、引きこもり、リストカット」とは若干ズレていたけど、物凄く面白かったです。主人公と同じ「ニュータウンの住人」で「14歳」で「普通の中学生」が通り魔事件を起こし、通り一遍にカテゴライズされることへ反発しつつ、同じような衝動を自分も持っていることに気付いて―――という話。

 人って自分がカテゴリーで細切れにされるのは凄くイヤで・・・・・・喩えば僕は世間から見ると「無職」だとか「ヲタク」だとか「ロリコン」だとか「モテない」とかのマイナスなカテゴリーに分類されちゃって(笑)、「何だよ、それ!無職にもピンからキリまでいるだろ!俺個人を見てくれよ!」という気持ちになることはしょっちゅうなのですが。
 でも、僕だって喩えば新しいサイトさんに辿り着いた時は、「自己紹介」とか「はじめに」のページでソコの管理人さんの年齢とか性別とか職種とか好きな漫画とか映画とかゲームはやるのかとかサッカーは好きなのかとか観るのが好きならやるのはどうなんだとか―――そういう情報を最初にチェックしていたりします。


 矛盾するようだけど―――人を理解するのはどうしたって時間がかかるし、完全に理解するのなんてムリだというのはとうに分かっていて。なので、年齢とか性別とかから勝手に人となりを想像して、理解できた気になってしまうという。
 コレはネットだけの話じゃなくて、バイト先の同僚とか大学時代の友達とか、僕の人間関係って大抵そうで。「オドオドしたヤツ」とか「無責任なヤツ」とか「ガンダムではシャアが一番好きなヤツ」とか「車の運転が荒いヤツ」―――のように、人を細かいパーツ・パーツで判断しちゃう自分がいて、ちょっと哀しくなるんです。

 だって、「オドオド」とか「無責任」とかにも本当はもっと細かい差があって、「初めて来た場所にオドオド」と「話の流れについてけなくてオドオド」は全然違うはずで。そもそも、そうやって「オドオドしたヤツ」だと僕が思っていても、ある場所ではピシッと決めてくれるかも知れない訳で―――


 時間がないからといって、人間を3〜4コのカテゴリーだけで判断しちゃうのは凄く危険な気がするんです。
 ・・・・・・・・・というのが、『エイジ』を読んだ感想です。どこがだ。






05年3月31日 〜乙一『GOTH』

 
■ このサイトは漫画サイトですよ?
 乙一『GOTH』読了〜(→ Amazonの紹介ページ

 そう言えば『DEATH NOTE』が始まったばかりのころ・・・・“大場つぐみの正体”が話題になって色んな名前が列挙されたんですが、その中の一人に乙一の名があったのを思い出しました。でも、ハッキリ言って『GOTH』と『DEATH NOTE』じゃ物語の作り方が正反対ですよね。

 ちょっと話はズレるんですが、未だ
「『デスノート』より凄いミステリー小説は沢山ある」という発言って多いじゃないですか・・・・・・あぁいうのを見ると、何か人生の楽しみ方を間違っているなぁと思ってしまいます。ハッキリ言って僕の中で、“サンジの料理を見て「『ワンピース』より凄い料理漫画は沢山ある」とほざく”のと同レベルだと思います。オマエ、それフィールド違うよって。

 伏線重視で読む僕はゲンナリすることも多いんですけど、どうやら『デスノート』は敢えて伏線張っていないっぽいです。そりゃ、明らかな後出し設定とかルールとかもあるんですが、大場先生の「5週先までネームは作ってある」発言からすると―――数週単位の伏線を入れていないのはわざとなんだという気がします。その方が、1週1週予期せぬ展開へと進むし、「アレはホントに○○なの?」と言った声が話題にもなりますもの。ミステリーでは絶対にありえない手法ですよね。むしろ『ドラゴンボール』とか『ダイの大冒険』なんかのノリに近いです。


 一方の乙一作品。『夏と花火と私の死体』もそうでしたが、この『GOTH』も伏線とミスリードのオンパレード。「うそ!マジかよ!」と思うラストを受けて読み返してみると、「確かにココとアソコで感じた違和感が伏線になっていて・・・・」物語として全く破綻していないのです。緻密に計算された伏線を読者に刻ませているにも関わらず、ミスリードによって読者に全く違う物語を感じさせるという・・・・・まるでダマシ絵の世界です。
 なので―――同じジャンプ漫画で言うなら、『デスノート』よりも『HUNTER×HUNTER』の方に近い気がします。フィクションを読んで「うわっ!やられた!こう来たか!」と叫んだのは、『H×H』のゲンスルー戦のトリック以来でした。凄かった。短編6つ入ってるんですが、最後の「声」には完全にやられましたよ―――姉妹ネタで「私は姉が好きだった」とか言ってるし(笑)



 ・・・・・・とまぁ、漫画サイトで普通に小説の感想を書いても仕方ないので、漫画と絡めて感想してみました。週刊漫画の原作と、短編小説じゃ比較対象にもならないんですけどね。
 そうそう『GOTH』、漫画化もされてるんですけど(→Amazonの紹介ページ)―――これをどうやって絵にするんだと思ったら、僕の好きだった『犬』と『声』は収録されてないんですって。ちぇっ。ちなみに作画家は漫画版『NHKにようこそ!』の人だそうです。まー、「小説を読むと死んじゃう病気」でもない限りは原作を読んだ方が損しないと思いますけどね。







05年4月7日 〜漫画版『GOTH』

 
■ ブックオフで漫画版『GOTH』読んできた
 (→ Amazonで購入

 「『GOTH』は漫画版も面白いですよー」という声が多々あったので、ブックオフで立ち読みしてきました。
 確かに、漫画版には漫画版の面白さがありますね!ハードカバーの小説をコミックス1冊にしちゃうのだから、伏線とかミスリードの描写なんかは淡白になっちゃって、ミステリーとしてはイマイチな面はありましたが。漫画独自の表現を上手く使って、グロさと、主人公二人のやり取りをコミカルに描いていたと思います。
 それと、皆さんそれぞれ別な感想を持つと思いますが―――ヒロイン森野夜のルックスが、小説を読んだ時のイメージとほとんど一緒だったのは凄いです。僕は小説を読んだ際には『羊のうた』の高城千砂のイメージを抱いていたんで、千砂+萌え要素な森野はストライクゾーンど真ん中でした。表情がコロコロ変化して可愛いし、しょっちゅう犯罪者に捕まって縛られているのがえっちぃですし。

 あと、ほとんど出番がカットされてましたが、主人公の妹の桜が萌え。かあいいです。

 ただ、小説→漫画の順で読んだから僕は面白かったのであって、漫画→小説の順で読むと魅力は激減すると思います(これは漫画版のあとがきで乙一氏本人も仰ってました)。やっぱり読むのなら小説版を先にした方が良いと思います。






05年6月3日 〜西尾維新『クビキリサイクル』

 
■ 「権威っていうのはあくまで結果のことだからね。できないとやらないは一緒なんだよ」
 某氏から強くオススメされたこともあり、世間的にも話題だったので戯言シリーズ1巻『クビキリサイクル』(Amazonで購入 )に手を出してみました。睡眠時間を削ってまで、あっという間に読み終わってしまった・・・・ただでさえ時間がないというのに。でも、面白かったー。お金に余裕が出来たら続きを買ってみようっと。

 孤島に呼び寄せられた5人の“天才”と、その付き添いでしかなかった“ぼく”こと“いーちゃん”が殺人事件を解決するミステリー―――なんだけど、ミステリーはあくまでこの小説の一要素でしかなくて、天才ではない“ぼく”の語る戯言と内情を描く言語の羅列を楽しむ話なんだと思います。それは学問であったり、“生き方”というイミの哲学であったり、ガンダムやエヴァのパロディであったり。とりとめのないような、それでいて確かな力を持っているような。

 まぁ、そんなことはどうでも良いんです。
 肝腎なのは、ヒロイン:玖渚友の「いーちゃんラブっぷり」がすっげー萌えるってことです。
 「じゅーでーんちゅう」
 「ん? 嫉妬かい? ん? ん? 大丈夫だよん。僕様ちゃんはいーちゃんがいっとう好きだから」
 「いらないー。食欲とかねーの、そろそろ発情期だからだね。」などなど、冒頭から連発される萌え発言。

 僕はあまり男女カップリングは好きじゃないんですが(特に主人公のは)、この二人の関係はコンプレックスと共依存を内包した上でのストロベリ〜なので萌えます。色んな髪型にくくってあげてるのだから、全部絵にしてもらいたかったです。


 
■ 姉妹データベース
 西野維新『クビキリサイクル』 千賀あかり・ひかり・てる子

 ということで、あんましストロベリってはいませんが『クビキリサイクル』からメイド三姉妹を追加です。
 何故だか小説中心のデータベースになってるんですが、コレは僕的に「現在進行形の作品はデータ化しにくい」と思っちゃってるからなんですよね。困ったもんです。世間的な盛り上がりを考えるなら、連載中の漫画を取り上げるのが最も効率的ではあるんですけどねー。







05年6月28日 〜『クビシメロマンチスト』読み途中

 
「一般論だけど、そういう無差別殺人鬼を動かしているのは<憎しみ>だとか言うね。つまり、むいみちゃんが誰かを<殺してやる>って思うのと同じ理由」
 
「そう? それだと無差別にはならないだろ」
 
「ところが違う。そいつにとっては、すれ違ったというだけでも憎悪できる。・・・・・つまり、そいつが憎んでるのは世界そのものなんだ。空気のように曖昧で漠然とした、それでも自分を包んでやまないこの世界を憎んでいる。だから無差別に見えるのさ」

 『クビキリサイクル』の2周目を読み終わったので、『クビシメロマンチスト』を読み始めました。
 もう何なの、このシリーズは。読み終わるのが勿体ないのに、読み続けていないといられないような大切な時間がそこにあるというか。おかげで他の全てのことが何一つ手につきません。もし僕がお金持ちで、全巻一気に購入していたなら、1〜2ヶ月はサイト更新しなくなっていたことでしょう。お金なくてよかった。






05年6月29日 〜西尾維新『クビシメロマンチスト』

 
■ 「たとえばあたしを殺してみろ。安心しろ、それでも世界は何も動かないよ」
 『クビシメロマンチスト』(Amazonで購入)読了〜。
 実は一昨日の昼の時点で読み終わっていたんですが、途中まで書いた日記を消すのもアレなんでそのままアップしていたというオチです。1000円以上する本をたった2日で読んでしまうのは「勿体ない」気もするんですが、まーいいか。どうせ何度も読み返すんですし。


 2日経ってかなり落ち着きましたが、読み終わった直後は暫くマトモに動けなかったです。
 間違いなく「ムチャクチャ面白かった」から2日で読み終わってしまったのですし、それが「正」の方向であれ「負」の方向であれ、読んだ人にここまでの衝撃を与えられる作品は稀有であると思います。
 次々と繰り広げられる言葉遊びの中に「ん?アレ?」と思った箇所が幾つもあって、最後にはそれらが全部整理・回収・消化(昇華)されていくのがキモチイイのです。それでも、同じように伏線消化に唸らされた乙一『GOTH』とは正反対な読後感でしたけどね。


 ネタバレにならぬよう、一応「漫画の感想サイト」っぽいことを語っておくとするのなら―――
 1作目の『クビキリサイクル』が孤島を舞台にしていたのに対して、2作目が主人公達が暮らしている町を舞台にしていたのが「上手いなぁ」と思いました。
 1作目というのは、とかく“読者を惹きつける”ものを見せなければならんので、生活観とか街並みの描写なんかよりも主人公らの性格や心情説明が重要視されるワケです。『クビキリサイクル』を読み返せば分かりますが、「とにかく広い屋敷」「それ以外には何もない島」という説明以外の舞台説明がほとんどないんですよね。
 でも、2作目は1作目で説明した設定を踏まえた上で話を作れるワケです。1作目を読んだ人ならいーちゃんが四畳間に住んでることに違和感ないし、玖渚友の存在をイチイチ説明しなくて良い。だから、街並みを舞台にして、そこでの出会いや離れ離れになっていく人々を描くことが出来るんですよね。殺人鬼:零崎というキャラは、きっとそうしたことを踏まえた“日常の中にいて、狂気にも親友にもなりうる存在”として描かれたんだと思います。

 すっげ乱暴に説明すると―――吉良吉影が第3部でも第5部でもなくて第4部に登場したのは必然っつーか。それは零崎だけでなく、他に登場する多数の女のコも多分そうなんだと思います。日常を舞台にしたからこそのキャラばかりと言いますか―――

 だから、『クビキリサイクル』に出てくる天才どもよりも好感が持てるし、キモチワルクも思えちゃうワケです。
 この辺りの順番が絶妙だったなーと思うのです。間違いなく、この『クビシメロマンチスト』は前作を活かした“最高の2作目”であったと思います。不満は何一つない。



 でも・・・・・でも・・・・やっぱり、このラストは衝撃的過ぎて―――
 そういう伏線はあったから「全く予想してなかった」なんてことはないのだけど、そりゃぁあんまりだ。
 喩えるなら―――<とっても可愛い一人の貧乳アイドルがいて、僕はそのコがすっごく好きになって、写真集はもちろんグラビア雑誌も全部揃えて、出ているドラマや映画も全てDVDで購入して、CMはHDDに録画して、PCの壁紙も携帯の待ち受けもそのコにして、朝から晩までそのコのことを考えていたら。ある日スキャンダルが報じられて、実はその貧乳アイドルは男のコでした>みたいなっ!

 貧乳だったのは伏線だったのかよ!みたいな。



 とりあえず、続編を買う前にもう一周読んでみるかなー。


<蛇足>
 結局、あのX/Yってのは何だったのですかねー。
 いや、その記号が何を表しているかってのは分かるんですが、「どうして犯人がそれを描いたのか」は分からないままだと思うんですけど・・・・・思い切りネタバレするので反転させます
<ネタバレ>
 
いーちゃんもアレが巫女子の誕生日であることは初期の段階で気付いていたみたいですし、僕は“巫女子ちゃんからいーちゃんへの「あたしの誕生日を忘れないでね」というメッセージ”なのかなと思っていたんですが。それだといーちゃんが巫女子ちゃんが犯人だと気付くことを前提としたものだし、実際に気付いたいーちゃんは巫女子ちゃんを許さなかったのだし、いーちゃんに嫌われたくなかった巫女子ちゃんがそんなことするかなぁ・・・と自分で説得力を失ったのです。そもそも、アレをいーちゃんが確認したのは巫女子ちゃんにとっては偶然だし。
 とすると、あれは巫女子ちゃん→ともちゃんへのメッセージだと考えるのが妥当なのかな。いーちゃんがともちゃんに出会ったのは「ともちゃんの誕生日だったから」であって、もしもそれ以前の「巫女子ちゃんの誕生日だった」ならという意味なのかと思いました。「もっと早く誘っておけば」という台詞もありましたし。
 んー。でも、出会ったのがいつであれ、結果は同じだったようにも思えるしなぁ。「こういうことだと思いますよ!」って考えを言葉に出来る人、メッセージを下さいな。

</ネタバレ>
</蛇足>







05年7月20日 〜恩田陸『木曜組曲』

 
■ どくしょー
 瑞希さんが「恩田陸さんにはまってます」と書いていたので、瑞希さんのストーカーをしている僕としても「こりゃ読まなきゃな!」と手を出してみました。地元の図書館には2冊しか置いてなかったので、タイトルが面白そうだった方をチョイス。

 恩田陸『木曜組曲』Amazonの紹介ページ

 未見ですが、確か鈴木京香主演で映画にもなっていたはず。
 4年前に毒を飲んで自殺した大御所女流作家:重松時子の家に、彼女と関係の深かった5人の女性が集まる3日間。小説家、編集者、ノンフィクションライターと職業は様々でも、いずれも文章を司る仕事を持つ者で、亡くなった重松時子に多かれ少なかれの影響を受けていた―――

 ということで、“彼女”が死んだ場所で、“彼女”の死に直面した5人がそれぞれ語りあうことで、“彼女”の死の真実に近づいていくという話ではあるんですが。ミステリーというよりは、5人の文章家(しかも全員女性)の会話や読み合いや心理描写を楽しむ作品でした。視点が5人それぞれに移るので、5人全員が主人公であり、5人全員が怪しく、その謎を5人全員で暴いていくというのが面白かったです。


 あと、個人的に最近熱い“30代独身女性”の会話が興味深かったです。
 
「得意料理にトマト系の料理を挙げる男は、自分を過大評価する奴が多いのである」
 方向性は180度違うけれど、戯言シリーズなんかと同じように、“言葉”を生業にする人々の小説は隅々にまで味があるように思えます。この小説も、単にミステリーや会話の応酬を楽しむだけじゃなく、「ものを作る人々」の哲学を感じる話でした。

 
「もの書きとして自分の文章を発表したとたん、それまで一緒にいた、ものを書かない人との間に、決して消すことのできない一線が引かれてしまう。もう、一生消せない」

 多分そう。きっとそれは「ものを作ろうとする人々」が永遠に背負わなければいけない宿業なんだと思います。そして、「ものを作らない人々」とは未来永劫分かりあうことが出来ないという哀しさを含んだ上で、それでも創作活動というものが行われるんです。すごい、本当にすごい。もの書きでなくても、創作家という人々は本当に凄く、尊く、それでいて孤独な人達なんだと思います―――




 蛇足。
 そう言えば、鈴木京香主演の映画はラストが原作と違うとか。そしてネット上の評判を見る限りは、(ラストは)映画版の方が評判良いみたいですね。これも一つのメディアミックス論なのかな? 忘れない内に観なくては―――







05年8月10日 山田風太郎『明治断頭台』

 『明治断頭台』は1年くらい前にあいばたんが絶賛していたので、『バジリスク』によって山田風太郎の小説が読みたくなっている今読んでおこうと手を出してみました。ネタバレせずに感想書くのは不可能な小説だと思うのでサラッと流しますが、あー確かにコレは凄いです。「革命」直後の明治初期という混沌とした時代でありながら、推理小説でありながら、色んな楽しみ方が出来る作品だったと思います。僕はキャラ燃えで読んでました。ラスト2ページだけでもGONZOに映像化してもらいたいくらいです。






05年8月24日 〜石田衣良『アキハバラ@DEEP』

 
■ どくしょ〜
 石田衣良『アキハバラ@DEEP』(Amazonの紹介ページ)読了。
 数日前は「あんまし面白くないなぁ」と書いたんですが、後半の展開はそれなりにワクワクさせられ、一気にラストまで読みきってみました。大きな衝撃とか感動はないんですが、娯楽作品としてはかなり良く出来た作品かと思います。

 今度の舞台は秋葉原!石田衣良お得意の“とある舞台を中心にした少年少女の物語”ということで、『池袋ウェストゲートパーク』とか『4TEEN』とかに近い感じで読めます。天才的な才能と、社会で暮らすには不自由な病気やコンプレックスを持った6人が主人公。彼らがとある「人生相談サイト(?)」で出会い、裏アキハバラで一つのベンチャー企業を始めて、成功と挫折を味わうというサクセスストーリーなのかな?
 正直なところ、ネットベンチャーの話と「起業」の話が続く中盤まではそれほど面白くなかったです。多分―――作者自身はヲタクというものがそれほど好きじゃないんじゃないかって思いました。メカ系の話とかは(僕が疎いからですが)専門的な話が炸裂しますが、各キャラがさらっと会話の中に出す漫画・アニメ系のネタが「それ、ヲタクの発言なの?」というほど浅いものばかりで・・・・・・・
 それが、彼らが挫折を味わった後半以降はなかなか。それぞれが自分の得意分野と苦手分野を補い合い、目的のために“とある行動”を起こす過程は燃えました。意図しているかは微妙ですが、各キャラがそれぞれ活躍するドタバタバトルものの漫画・アニメみたいでした。僕的には、劇場版『ドラえもん』のようだ!って思いました。こんな誉め言葉、石田さんも石田さんのファンも嬉しくないだろうけど(笑)


 僕が圧倒されたのは、彼らが挫折を味わった直後の描写。
 
「八〇年代初頭に生まれたわたしたちの父と母は、まだほんとうの意味での試練に直面したことはなかった。〜(中略)〜六人には反発力というものがなかった。生まれてから二十年以上も強大な敵と闘ったことがなく、ミステリー小説のなかでしか悪の存在を知らなかったのだ。かれらはいざ災いが自らの身にふりかかると、なにをすればいいか判断停止の状態におちいってしまった。リアルな人生には電話によるテクニカルサポートも、クリックひとつで開くヘルプウインドウも存在しないのだ。
 〜(中略)〜すべてを奪われて父たちと母はどうしたか。かれらは痛みと傷を抱えたまま、自分たちの奥深くへひきこもっていった。この世代は誰もがはいれる共通のシェルターなどもたないのである。」


 この描写、恐ろしいほどに生々しく僕ら世代を表していると思います。
 思えば『池袋ウェストゲートパーク』も『4TEEN』も、こうして“特定世代の生の感情の描写”に優れた作品でした。ただ、僕は池袋にも月島にも馴染みはないし、世代も違うからその凄さには気付かなかった(いや、秋葉原にも馴染みはないんだけど)。石田衣良の凄さは、あたかも彼自身がそうした経験を歩んできたかような生の描写が出来ること。60年代に生まれた彼が、どうして80年代初頭に生まれた僕らのような気持ちを描写できるのか―――って思います。


 この作品内で画期的なファイル交換ソフトを開発した遠坂という男に、ネットアイドルであるアキラが接触するシーンがあるんですが・・・・その時の遠坂の台詞が
「わたしはきみの画像データをもってる。実物だって今日拝見した。動いているきみにはこれ以上興味はないな」なんですよ。何故こんな台詞を、ヲタクでない人が書けるんだろう。


 ということで、まー結構楽しみました。勧善懲悪がキライでなければ良いんでないかと。

 余談ですが、上述の「ファイル交換ソフト」を作ったキャラが「(作品のデジタル化・共有化によって)著作権が消滅しても縮小均衡にはならない。中間の流通業者は削られていくだろうが、知的生産物は宗教のように熱心なファンによって支えられるだろう」というようなことを言ってまして。石田さん、それを一小説家である貴方が言っていいのかよ、と。
 確かに、今のアニメ業界なんかはこんな感じで。HDDにデータを持っていながらDVDを購入するファンによって支えられているのだから、ほとんど宗教なんだろうけど・・・・・・それはある程度小さなパイを取り合っていられる業界だから成り立つのであって。大人数でなければ作れない大作映画とか、凄い画像のゲームとは消滅するんじゃないかなぁ。

 どんな作品であっても“熱心なファン”だけを対象にしたら、それらの人以外には楽しくないものになってしまうものです。いわゆる“ライトユーザーとヘビーユーザー”の話です。業界が盛り上がるためには「ライトユーザーがどれだけお金を払う気になってくれるか?」が重要だと思うので、やっぱり僕は―――WEB上でデータだけ違法コピーして共有しようとする人達とは分かり合えそうにないです。

 てゆうか、石田さん。流通業者は完全無視かよ!(笑)






05年9月28日 〜乙一『天帝妖狐』Jブックス版

 
■ 休息期間の過ごし方
 休息日というより、月曜・火曜の夜に数時間インプットの時間を入れる生活リズムにしてみました。
 乙一『天帝妖狐』(Jブックス版)<Amazonの紹介ページ>を読破。この前に読んでいた宮澤賢治が凄く時間かかった反動なのか、半日で読み終わってしまいました。
 表題作『天帝妖狐』は、今まで読んできた乙一作品の中ではイマイチな方かなぁ。ネットで見たら集英社文庫版と全く内容が違うとか。作者自身気に入らなくて大幅に書き直したってこと?

 もう一作の『A MASKED BALL』はなかなか―――ネットの掲示板を模したような“5人しか使っていない”トイレの落書きのやり取りから、凶悪な事件が起こるというもの。ネットを扱う多くの作品と同様に普段の性格と落書き内での性格の二面性を描きつつ、それが「優等生の皮を被った」ヒロインの二面性との対比になっているのが面白かった・・・・・・けど、それを今ひとつオチに繋げられなかったかなぁという印象も。
 でも、タバコの吸殻を残してしまったり、ライターを落してしまったり・・・・・ネットの掲示板では起こりえない“トイレならでは”のイベントを上手くストーリーに組み込んでいたのはさすが乙一。







05年10月9日 〜戯言シリーズから考えるパロネタ

 
■ 「あの霊界探偵だって女子高を探偵するときはスカートをはいてたもんだ」
 図書館で本を借りても2週間以内に読み終われる状況ではなかったので、病院の待合室にて、以前に買ったけど読んでなかった『クビツリハイスクール』を読み始めました。まだ数ページだけど。あー、だからやっぱこのシリーズを読み始めたくはなかったんだ。冒頭からグイグイ引きこまれる展開、途中で区切れないわ、続きが気になるわ―――で、作業に支障をきたしそう。面白い小説というのは罪ですよ、マジで。

 それはそうと、この↑台詞には吹き出しましたよ。病院の待合室なのに。
 僕はパロとかオマージュはあんまし好きじゃなくて、だからまぁ世間一般の温度とは違って大亜門はジョジョネタ封印して普通のギャグ漫画を描いて欲しいとすら思っているんですが―――戯言シリーズのパロというか、言葉遊びはタイミングと元ネタが絶妙すぎで笑ってしまう。『エヴァ』と太宰を一緒にパロるなんて久米田センセイくらいだと思っていましたよ。

 霊界探偵とはもちろん『幽遊白書』のことなんですが、このエピソードは冨樫センセイが魔界編を投げてから、作品を終了させようと毒にもクスリにもならない話を連載していた数話のエピソード(19巻収録)。アニメではもちろん触れられず、ファンの間ですら黒歴史扱いされてるマニアックな話なんですが・・・・・・(ちなみに、霊体編の方は「知ってるかどうかでコアなファンか分かる」という好意的な評価が多い)


 パロというのは「これ、俺以外気付いてないんじゃないか?」と読者に思わせるような絶妙なマニアックさが重要で、なおかつ気付かなかったとしても話が繋がるくらいのスパイスに留めておくのがイイ―――という例かと思いました。







05年10月15日 〜西尾維新『クビツリハイスクール』

 
■ どくしょ〜
 西尾維新『クビツリハイスクール』読了 (Amazonの紹介ページ

 
「信頼は悲しいよ。信頼はすごく悲しい。人は一人で生きるんだ。信頼すればするほど、裏切りの衝撃は大きい。壊れて崩れて二度と元には戻らない。」
 
「それでも一人は寂しいです」
 
「それでも一人で生きるんだよ。一人で生きられないってんなら、死んでしまった方がいい。大体寂しいから群れるってんなら、信頼し合える相手が多ければ多いほど、そいつは寂しがり屋ってことだろ。一人で生きている人間は哀れで惨めで貧しく醜く不憫で孤独で―――そして何より尊いものだ」

 あぁ・・・・・・だから読み始めたくなかったんだ。
 相変わらず西尾維新の言語センスにワクワクさせられ、いーたんの孤独論理に共感させられ(僕自身は智恵ちゃんや零崎の方が近いのだけど)、バラバラだった伏線とミスリードが収束して一つの答えに紡がれる様に感動させられる。絶対にハマっちゃいけないと思いつつ、終盤ノンストップで読み続けてしまったせいで、気付いたら朝だ。あぁー、朝までに仮眠とっておかなきゃならんかったのに!!

 第1作『クビキリサイクル』が隔離された孤島での連続殺人事件だったら、第2作『クビシメロマンチスト』は日常に潜む殺人鬼の話でした。言わば、『ジョジョ』で言えば3部がエジプト遠征の話で、4部が杜王町という街を舞台にした“生活”の中の敵を描いたように。
 では、第3作『クビツリハイスクール』はというと・・・・・『ジョジョ』5部がジェットコースターのような逃亡劇だから、とか冗談で考えていたら、本当に逃亡劇でした。しかも、女子校内でロリ少女と手を取り合っての逃亡劇。

 前2作が“活字でしか表現できない”快作だったのに対して、これは映像化した方が面白そうだなーって思いました。制服のデザインとか、大型のナイフをブン投げる女性キャラとか、ジグザグの見えない攻撃とか。色彩面の遊び心といい、ここはビジュアルだったらバシっと決まりそうだなーという演出も多々あって、その分「小説としては」前2作には見劣りするかも・・・・・ってまぁ、その2作が凄過ぎただけで、この『クビツリハイスクール』も充分に面白かったんですけどね(徹夜した程だし)

 いーたんが哀川さんにした最後の質問にて、最後のピースがカチッとハマった時。
 流石に目頭が熱くなりました。『クビシメ』のラストとは全く逆の印象・・・・・



 前回のヒロイン巫女子ちゃんが喩え上手だったのに対して、今回のヒロイン姫ちゃんは“言い間違える”キャラ。最初は「このコが喋るとテンポ悪くなるなぁ」と思いつつ読んでいたのだけど、
「いえいえ剣道だったら二段で十分侮れませんよ。古くより剣道サンバルカンといってですね・・・・」には流石に爆笑してしまった。
 もちろん「剣道三倍段」と「太陽戦隊サンバルカン」を間違えたんですけど、これってもちろん両方の言葉を知っていないと笑えないネタ。でも、「剣道三倍段」に詳しい人と、「サンバルカン」に詳しい人って、基本的には別人ですよね。戯言シリーズって、こういう“ひょっとしたら俺以外は気付いてないんじゃないか”って絶妙なレベルのパロが満載なのです。別に僕は語彙が豊かな自負など全くないけれど、ボキャブラリー豊富な人だったらストーリーなんざ無視しても言葉を読んでるだけで楽しめそうなほどです。


<相変わらずの余談>
 いーたんの本名についてのヒントがあり。
 てゆうか、妹の名前が出てきたなら、苗字は「井伊」で良いんじゃないか??

 で、そっから「ローマ字にすると母音が8、子音が7」というヒントを使うと、ファーストネームは「母音が6、子音が7」ということに。子音が一つ多いということは「SHI」か「TSU」が入るということか? あぁ、でも「っ」か「ん」が入るって可能性もあるか。変な名前だけど・・・・・って言うか、ファーストネームだけで6文字って時点でこの推理は間違ってそうだけど。

 んでもって、もう一つのあ=1、い=2、う=3・・・・・ん=46という数字に置き換えた場合。苗字が「井伊」ならば、ファーストネームだけで130・・・・・「SHI」ならば12? 「TSU」ならば18? となると、5文字合計で118か112になる文字になれば・・・・・・って該当数多すぎだろ!えーっと・・・・・・ちょっと待って、作中の彼女はこれだけのヒントでどうやって本名が分かったの????



 となると、発想を変えてみよう。
 妹の名は「井伊 遥奈」ではなく「井伊遥 奈」だったと考えてみる(笑) そうなると、「IIHARUKA」だけで母音5、子音3を消化出来るのでファーストネームは「母音3、子音4」ということに。数字に置き換えるヒントだと「2+2+26+41+6」で77・・・・・ファーストネームで53ということか。

 ・「SHI」の場合――53−12ということで二文字で41
 ・「TSU」の場合――53−18ということで二文字で35
 ・「N」の場合―――53−46ということで三文字で7(笑)

 三文字で7となる組み合わせはあ行しかないので、「あんあお」とか「いんいう」とかしかない。
 あぁ、もうコレで良いや。「井伊遥 いんいう」で(笑)




過去ログ目次へ
ページ上部へ


Copyright (C) 2004−2005 Manke-II ALL RIGHTS RESERVED.
SEO 掲示板 レンタルサーバー ブログ SEO