村上かつら短編集 2 村上かつら短編集 1 モンキーターン 30巻 モンキーターン 29巻



村上かつら短編集 2 Amazonで購入
村上かつら
小学館・スピリッツコミックス
2005年1月28日・発売
短編集
 まず最初に一言。
 「『純粋あげ工場』が入ってない・・・・・・・・・・・_| ̄|○」
 最後のあとがきを見ても、今回の短編集が1〜2巻のセットで発売する予定だったことが分かり。ここから考えると、余程のことがない限り、短編集3は出ないってことじゃないですか。再び『純粋あげ工場』を読める日というのは来ないのでしょうか。

 あ・・・・・・でも、『CUE』の3巻にムリヤリ詰め込むってのも手だ。
 3巻に載る分は48号〜3・4合併号までの9話。『純粋あげ工場』は4話。足すと・・・・・じゅ、13話!?それは幾らなんでも現実的でない気が。頼むよ、小学館!僕はあの作品がもう一度読みたいんだ!

【いごこちのいい場所】
 大したことではないですが、裏表紙の作品紹介は「いごごちのいい場所」と誤植になってますよ。
 『純粋あげ工場』が入ってないことでガックリしながら読み始めた今作ですが、そんなものを吹き飛ばすくらいに衝撃的な作品でした。98年末〜99年に掲載ってことは、丁度僕がスピリッツを読み始めた頃の作品です。ただ、あの当時の僕はこういう絵の漫画は読まなかったんでしょうね。勿体ない。5年前の自分がこれを読んでいたなら、どれだけ一生懸命生きられたんだろうって思います。

 
「――「努力」がバカみたいに一方向しかなくて、それをそのまま採点してもらえるのはこれが最後だ。受験が最後なんだ。」

 全然本筋とは関係ないセリフなのに、やけに痛烈に突き刺さったセリフ。
 僕がそれに気付いたのは就活中でした。「あぁ、社会というのは努力を評価はしてくれないんだ」と思い、これまで必死に勉強してきたことが直接お金や地位には繋がらないことを痛感したのです。そんなセリフを吐いちゃえる春田ヨシオ―――彼と隣の部屋で育ち、「春田の隣のヤツ」と呼ばれ続けてきた番場耕平。
 劣等感を持ちながら生きてきた耕平とは対照的に、ヨシオはすごい奴だった。ある日、耕平は押入れの奥に隣の部屋が覗ける穴を発見し、それ以来ヨシオがクラスの可愛いコを連れこんでHしているのを覗き続けるようになる―――そんな関係が続いて20歳を超えた頃、耕平はずっと遠くから目で追っているだけだった堀川夕子を生まれて初めてデートに誘う。しかし、実は堀川さん自身もずっとヨシオのことを目で追い続けてきた一ファンで・・・・・・・・・・

 と、序盤のあらすじを書いても、多分全然魅力ないと思います。こういう話は青年誌では結構見かけるし、コンプレックスとセックスの話がどろどろ混じり合っちゃって「気持ち悪い」ことになることがほとんどでした。趣味的なレベルの好き嫌いではありますけどね。この『いごこちのいい場所』も、序盤はそんな感じ。あぁ、耕平は(僕と一緒で)ダメでどうしようもないヤツだなぁ〜と思うだけの漫画でした。

 が、耕平の憧れだった女性で、ヨシオの姉・まり江姉ちゃんが出てきてからは一変。
 単なる耕平視点でのコンプレックス話だったのが、4人の登場人物の「ズレた」人間ドラマとなっていくのです。耕平→堀川さん→ヨシオの片思い連鎖なんて誰でも描けそうなシチュエーションなのに、
「ズレた女性」の心理を描かせたら日本で間違いなくナンバー1の村上かつらが描くと、比喩的でファンタジーなのにやたらリアルな文学へと変貌しちゃうのです。

 
「耕平くん―――のぞき穴のこっち側だって現実なのよ」

 バリア。のぞき穴。ただの友達。それら全てが収束されるラストにはひたすら感動。
 この作品を5年間も単行本にしてこなかった理由を問いたい。それくらい、この作品には凄いパワーと完成度があります。性描写が苦手な人には辛いでしょうが、短編集1の『99夏あたし15歳』と共に多くの人に読んでもらいたい作品です。是非、全8話を一読してくれたらなーって思います。

【父伝説】
 今までも書いてきたけど、村上かつらとは「ズレた女性」の心理を描かせた時に真価を発揮する漫画家だと思っています。『サユリ1号』の大橋ユキ、ちこちゃん。『CUE』の夏有さん。『99夏あたし15歳』の千明―――だが、この『父伝説』は親父と息子の話だ。姉ちゃんと母ちゃんが出てくるけど、メインの話は息子が父を理解する話だ。
 だから正直、この息子のコンプレックスは「男性的ではない」と思ってしまいました。男から見た父親の話というより、女性から見た父親の話のようだなあと。主人公が女のコだった方が、すんなり読めたんじゃないかと思っちゃいます。

 だからと言って、この作品が面白くない訳ではないですが。
 「自分を誇ること」をテーマに玉坂が(結果的に)肇の背中を押すって終盤がグッと来ました。

【(仮)スマ未満】
 表紙がやたら『CUE』っぽいタッチだと思ったのですが、あとあとに作品紹介を読むと、表紙だけ描き直したらしいですね。たしかに、今のタッチだとこの作品は描けない気がします。
 『いごこちのいい場所』のインパクトが強すぎて霞んでしまったけど、これも相当に良作ですよ。『CUE』2巻の向と竹田の「どうしてもこれじゃいけないもの」に感動した翌日ですが、あれよりもこっちの方が真に迫ってる感じ。

 
「ミュージシャン、ミュージシャンとつぶやいてさえいれば、フリーターというカタガキを認めずにすむから?大人になることを先延ばしにできるから?本当の人生を開始せずにすむから?」

 村上かつらにとって「好きなものを諦める」というのは一つのテーマなのだと思います。
 これは、諦めきれずに大学時代に初めて漫画を作って投稿し、それでも一度は就職をして、それでも今は漫画を描いている彼女自身の経歴によるものなのかも知れませんね。だからこそ、辛辣で心に響く作品になるのだと―――


 この短編集、1巻も2巻もそうなんですが。漫画に匹敵するくらいに作者の文章が面白いです。やはり文学的な漫画を描く漫画家さんは、言葉選びも半端なく上手いです。「そ、そんな設定はいやだ!!」とか、必死に引きとめる担当さんの説得とか、「学食で自分が一人ぼっちで食べているときに、同じように一人でもそもそ食べている人を見つけた時のような」という比喩とか。文章だけでも吹き出したり、ジーンとしたりしちゃいます。

 これはもう、村上かつらという作家が持つ「才能」
 こんな漫画家が存在してくれることは、漫画ファンにとっての財産だと思います。打ち切りのような『CUE』の終盤を見せられてガックリした僕でしだが、この『いごこちのいい場所』で村上かつら熱がまた戻ってきました。再び彼女がスピリッツに戻ってきてくれることを、切に願い続けます。













村上かつら短編集 1 Amazonで購入
村上かつら
小学館・スピリッツコミックス
2004年9月30日・発売
短編集
 「村上かつらは男か、女か?」
 デビュー以来ネタのように言われ続けてきたことだけど、今回の巻末あとがきを読んで「あーやっぱ女性なんだなぁ」と確信に至った。家庭教師の教え子(女)の恋の悩みを聞いたり、エッチっぽい自分の漫画は恥ずかしくて読み直さなかったり、女性らしいエピソードがチラホラ。(まぁ、このあとがきにも“サラリーマン時代”という謎の言葉が使われているんだけど・・・・)
 『純粋あげ工場』を読んだ時に「この作者は、男の性衝動を100%理解できている女性なんだろうな」と思っていたので、あとがきの文書から滲み出ている作者の人格が程よく心地よかった。漫画自体よりも、このあとがきがとにかく読む価値あるほど。

【天使の噛み傷】
 97年にスピリッツ掲載―――
 俺がスピリッツにハマり始めたのが98年の末だから、それ以前から村上かつらがスピリッツ誌上で活躍していたということに驚いた。調べてみると、村上かつらの名を知らしめたのがコレらしい。なるほど、要所要所に彼女(彼?)らしさが満ち溢れ、残酷なほどに心をえぐってくる。
 ただし、『サユリ1号』を知ってしまっている現在―――あのトンでもない衝撃を越えられるかと言ったら微妙。破壊力というよりも、「愛って何だよ!」とやるせないキモチにさせる作品だと思った。どことなく『サユリ』のプロトタイプのような結末に、彼女の名前が“さゆり”・・・・・・・・!

「・・・・・・ねぇ、飯田くん。
あたしのこと好きってキモチ、「愛」って単語を使わずに説明してみてよ」


 この台詞から始まる、主人公の夢の中に出てくる“会話シーン”は壮絶。
 読者の中に確実に“何か”を置き去りにしていく村上かつら節は、ここから始まっているのか。

【かさぶた】
 好きだから許せなかったことが、キモチが冷めてしまうにつれてどうでもよくなる。そんな話。
 村上かつらとしては即物的で、いやに青臭い作品のように思える(コレで!?という声多数)。もちろん、ところどころに物凄い台詞があるし、完成度も高い。非常に文学的なラスト3ページも美しさすら感じるほどだ。
 でも、それ以上何かが起きる気がしないのは何故だ。感情移入の問題? 別に女性視点の作品がダメな訳じゃない。この後の『99夏〜』も、『純粋あげ工場』も、『サユリ1号』のちこちゃん視点も好きだった。何故? 処女だから? フィクションの中にまでもフェミニズムを持ち込むのか、俺は。

「和則くんと別れることは、思い出を手離すことじゃない。
あの頃のことは永遠に好きでいればいい。」


 相変わらずステキな台詞。これをラストで裏返すのも美しい。個人的趣味を抜きにすれば。

【99夏あたし15歳】
 何だこれは・・・・・・・・・・・
 村上かつらの全てがこめられている様な、凄まじい切なさと焦燥感。そして、ちょっとだけ前向きなキモチになれる台詞。最高。今まで読んできた全ての短編の中でも1〜2位に入るほど、心をダイレクトにえぐってくる。これが読めるだけで550円の価値はある。『純粋あげ工場』が好きだった人に是非読んで欲しい。

「あたし絶対、元素記号なんて覚えない・・・!こんな地球、いますぐ滅びたっていいんだ。」
「千明ちゃん。“ウレシイ事”が続かないのと同じくらい、“カナシイ事”だって、続かせようと思ったって続かないものよ?」


 恐ろしいまでに美しい言葉たちと、残酷なまでに心に響いてくる構成力。
 女としても、親友としても、中途半端で―――ただ胸が辛い日。ただ一人置いてけぼりを食ったような寂しさ。あの頃も、そして今も悩み続けている僕らの心に訴えかけて、今ここに動いている時間の流れを大事に思えるような作品だった。

 正直、村上かつらの作品はウチの年齢層(中学〜高校生くらい)には合わないと思う。
 でも、この『99夏あたし15歳』だけは同年代の中学生の頃に読んで貰いたい。今悩んでいる大きな出来事も、決して一人で悩んでいるべきことじゃないんだって思える。自分の中に流れる時間を大切に思えるから。

【さよなら奇跡】
 一転して、急にオトコオトコっぽい作品。
 大橋ユキのように自己を保つのに必死な女性、彼女と過ごした時間を「奇跡」と思える主人公。彼女ではなく、「奇跡」に恋をした日々。こなれたような構成と、相変わらず直球の台詞回しが作品の完成度を高めている・・・・・・・・のだけど、やはりコレも『サユリ1号』を連想しちゃうんだよなぁ。こう言うと身も蓋もないのだけど、村上かつらの作品は所詮『サユリ1号』系と『純粋あげ工場』系の2つだけなのかも・・・と寂しくなってしまう。新境地が見たくて、『CUE』に期待し続けるのはそのためか・・・・

「ただ・・・・なんかもうちょっとやそっとじゃ、痛いとか痛くないとかそーゆーの・・・・・慣れちゃって・・・・いろんなことが生きてくうちに、だんだんヘーキになってきたなぁって。
知らないうちに、あたしの・・・のうみそやココロも、なにが異物にすげかえられたんじゃないかって、」


【はるの/よるの/ようだ】
 村上かつらを漫画家へと押し上げた投稿作品。
 この頃から続く文学的な新人離れしたラストシーン・・・・・・・・凄い。マジで凄い完成度だ。この短編集に載っている“プロとしての”作品と比較しても、全然見劣りしないくらいに。皮肉なもので、この頃が一番『サユリ1号』でも『純粋あげ工場』でもない真っ白な作品として輝いている・・・・・・そりゃそうか。

「・・・・仮になれたとしても、ともだちっていう別枠は、私にとっていちばん残酷な仕打ちよ」

 いつの作品でも、彼女(彼?)はヒトの弱い部分を描写する。
 「強いもの」「格好良いもの」を描く作品は数多い。そういったものの方が売れることも多いし、フィクションは「憧れ」であるべきだという人もいる。
 でも、現実の僕らは、時として「努力ができず」「成功もせず」「格好良くもない」。誰にも見られないところで涙を流し、夢を挫折して、恋を幾つも諦めてきた。そうして生きるしかなかったんだ。
 僕らが持っていた弱い部分を、飾らずに描いてくれる村上かつらという漫画描きは貴重だ。だから、彼女(彼?)の作品を読んで、こんなにも胸が熱くなるんだ。だから、この人の漫画を読み続けるんだ・・・・・













モンキーターン 30巻 Amazonで購入
河合克敏
小学館・サンデーコミックス
2005年2月18日・発売
競艇・プロスポーツ・人間ドラマ
 よくぞここまで描いてくれた!!

 前の巻を読んだ時、とても1冊でまとまる伏線じゃないと思っていたのだけど・・・・・一応は全てに決着をつけて終わらせてくれました。納得の最終巻。8年以上の連載期間の重みを感じさせてくれるラストでした(特に山崎)

 「波多野が澄を選んで、賞金王の優勝戦で洞口を倒す」
 ぶっちゃけてこのラスト以外はありえないと、波多野が2度目のダービー優勝した時から思ってました。全国大会の決勝が最終回になる高校スポーツと漫画と違い、プロスポーツの漫画はどうやって決着をつけるのか―――それは年間日本一を決める賞金王優勝しかないだろうと思ってたのですが。
 単純にそれだけではなく、「待ち続けてくれる澄」「ずっと競艇選手でいてと言ってくれた青島」という二人のヒロインを絡め、波多野にとってレースとは何なのかを刻み込ませてくれた一戦でラスト。ここまでテーマを集約してくるラストは、洞口と青島がくっ付いた辺りから考えていたんじゃないでしょうか・・・・ってのは、誉めすぎ?


 そして、間違いなく後期『モンキーターン』の主役だった洞口。
 
「やはり、そうだったのか波多野!きさまだけは許せん!」
 「待ってろ、波多野。きさまに本当の屈辱を味あわせてやる。」
 「きさまにだけは負けん。きさまのように人生をいい加減に生きてるヤツだけにはな!」
 「明日のレースはもはや「勝負」ではない。「制裁」だ!」


 笑い死ぬかと思った・・・・・・・
 Lに執着する夜神月ばりに、歪んだ自己正義を振りかざして自滅する洞口にカンパイ。それでも彼も最後には成長して、ダンプではない手段でVモンキー破りを果たすんですが―――最後の最後、波多野の“最高のターン”の前に敗れ去るという。あわれ洞口。ここまで(ある意味)オイシイライバルキャラを僕は知らなかったです。

 しかし・・・・この感動のラストのレース。ストーリーの肝となる“澄ちゃんが住之江まで応援しにきてくれた”という事実が明らかになる(164ページ)前に、コミックスでは1話と1話の間の余白の部分で明らかになっちゃっている(146ページ)というダメっぷり。
 マジで編集の人は頭おかしいんじゃないかと思いますよ。あそこは「えぇっ!澄ちゃん、応援に来てたんだ!」とビックリするところじゃん。何故に、余白を埋めるためだけの理由で澄ちゃんの絵を載せたのか・・・・・・・・


 まぁ、そんな本編以外の不満点はあるんだけど、洞口父が夢を説き、若い衆が新しいスタートをきる最終回はキレイでした。物凄く久しぶりに山崎が出てきて、すんなり青島に瞬殺されていたり。香子ちゃんや小林さんが出てたり。


 あと、ラストの4コマで「終盤の澄が冷遇されていた」のは、作者が澄を「前作『帯をギュッとね』の保奈美と同じポジション過ぎて描いてて楽しくなかった」とぶっちゃけてるのが面白かったです。
 確かに、床屋でサンデーでの新連載を読んだ8年以上前―――澄のポジションには一抹の不安を感じたものでした。保奈美だってそれほど人気があった訳じゃないしねぇ・・・・・なので、青島が出てくるまでの序盤・・・・・・・いや、もっと言えば桐生で潮崎を倒す8巻辺りまでは正直微妙な漫画だと思っていました。
 作者自身があとがきで述べている通り、桐生での波多野の初優勝→古池が激怒するシーンがこの漫画を名作へと覚醒させた1シーンだったかと。これ以降の展開は、僕的にはほとんど不満なく毎巻が楽しかったです。
 もちろん「もうちょっと早く終わっておけば」「アニメ化の影響?」なんて声もあるとは思います。ダービー初優勝までと、怪我を乗り越えてのダービー2連覇までと違い、最後の年なんかは「優勝戦に出るくらいは当たり前」というくらいになっちゃってそれまでのドキドキ感は失われてしまいましたもんね。

 でも、冒頭で述べたとおり―――こういったラストを描いてくれただけで、僕は満足です。本当に長い間お疲れ様でした。













モンキーターン 29巻 Amazonで購入
河合克敏
小学館・サンデーコミックス
2004年9月17日・発売
競艇・プロスポーツ・人間ドラマ
 ドラゴン桜―――っ!!?
 東大目指しているヤツが、こんなところで舟券買ってていいのかよ。つか、何故に『ドラゴン桜』なんだ。仲良いのか、そんな事情があるのか?? ちっとも知らなかった。この漫画のモブのゲスト出演ってなかなか気づかないことが多いので、一発で分かった今回は嬉しかった。

 えー、感想書かなきゃ。
 まさか河合漫画にこんな修羅場が出てくるとは! とうとう青島への想いをぶちまけた波多野、不運にもエースペラ壊して、そんな時に古池さんが骨折してて―――あぁ、俺は成長しなきゃならないなって気持ちが澄を遠ざけることに。いいのか、それで!成長の為に、これまで背負ってきたものを捨て去ってでも、それでもオマエは勝ちたいのか??

 ということで、ラストは二人がヨリを戻すのだと予想しつつ、それまでは波多野にとって正念場が続くのだろうな。現在の艇界のランキング的には波多野>洞口なんだから、賞金王までにこれを逆転させなきゃならない訳だ。新ペラで洞口がGIを2つ制するのは最低条件として、波多野をもっと不調に追い込まなきゃ。澄という勝利の女神を失い、勝ち方を忘れ、それらを賞金王での洞口との決戦で全て裏返す―――と。

 うーん、とうとうこの漫画にもエンディングが見えてきた。
 俺が中学生の頃から購読し続けている唯一の作品。終わるのは哀しいけど、これも一つの時代の終焉なんだ。河合先生、お疲れ様(早い)



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