I’ll 14巻 イエスタデイをうたって 4巻 ヴィンランド・サガ 2巻 ヴィンランド・サガ 1巻



I’ll 14巻 Amazonで購入
浅田弘幸
集英社・ジャンプコミックス
2004年8月4日・発売
青春・バスケ・自分捜し
 表紙は夏祭りっぽい菫&茜のカップル。菫ちゃんは浴衣です。かあいいなぁ。大人っぽくなったなぁ。カレンダーで陰毛曝け出していた頃とは別人のようだ。

 という訳で最終巻。おちゃらけは作者コメントくらいで、後書きもマジメならば本編もシリアスまっしぐら。山崎&代理の抜けた国府津高校を描きつつ、それぞれの成長と離別をキレイにまとめた感じ。
 茜が最終目標を柊にしている分、最後は茜が国府津を去る展開になるのだろうと思ってへいたのだが・・・・その過程が荒業すぎて何とも。これって昔、原田のクラスメートでやったじゃん!!とか思っちゃったけど、そこからの心理描写は丁寧だったから大目に見るか。
 最終回は『帯ギュ』と『ホイッスル』を足したような感じだと思った。スポーツ漫画の最終回が似通ったものになってしまうのは仕方ないので、そこにどう独自色を加えるのかに掛かっていると思うのだよ。で、『I’ll』の場合は―――表紙に菫ちゃんを持ってきたように、これまではアホみたいに進展しなかった菫と茜の話を進展させて添えている。最終巻にして、ようやくヒロイン全開。彼女が過去形で語っていた『I’ll』がようやく現在に届き―――それに向けて髪を伸ばすってのは、彼女もwill―未来―に向けて歩みだす象徴だったのかも知れない。どっちにしろキレイな終わり方だった。ラストシーンだけ見ると「茜、死んだの!?」って思っちゃったけど(笑)

 『I’ll』は中学〜高校時代の自分に最も影響を与えた作品なので、機会があればB sideで取り上げる可能性も検討中。ブックボックス欲しいなぁ・・・・850円かぁ、悩むなー。











イエスタデイをうたって 4巻 Amazonで購入
冬目景
集英社・BJ/YJコミックス
2004年7月16日・発売
青春群像・自分捜し・恋愛
 表紙の晴は微妙。色塗りはもちろんベラボーに上手いんだけど・・・・・
 「このネタ季節外れなんだよ」と不定期掲載を逆手に取ったネタが、コミックスでは偶然にもどんぴしゃな季節になった花火大会編。オールキャストでコメディちっくな引越し編。すれ違いからお互いの気持ちが彷徨う待ち合わせ編。そして、破壊王・柚原との再会で3人の気持ちが揺れ動く柚原編。ふむふむ・・・・『イエスタデイ』はシリーズごとに1冊まとめてくれるので、次がなかなか発売しなくても欲求不満にならなくて助かる。
 不定期掲載の際には分からなかった部分が、繋げて読むと「なるほど」と思うことが多々。この4話で掘り下げられているのは、シナコの心情変化・・・・死を意識して生きものを飼えないシナコと、泣きじゃくりながらカンスケに家族の感情を抱く晴の対比とか。この間、1年越しだったもんなぁ。雑誌じゃイマイチ伝わんかった。

 「なんで始める前に終わる時の事考えるんだ」

 奇しくもシナコに影響与えた浪の台詞。自分に不利になるとも知らず、コイツはずばっと良いコトを言う。これが、何も長続きせずに終わらせてしまう柚原にも被ってきて、4巻も全体的にレベルたっけぇ。これを月イチペースでも読めたらなぁ。

 冬目景版の_| ̄|○ は何度観ても良いなぁ・・・・これ見て1〜3巻を大人買いしちゃったんだもんな。


 それと、雑誌掲載時よりクライマックスの部分が2ページ描き足されている。
 晴の心情描写が不十分だと思ったんだろうけど、雑誌掲載時に“余計な台詞を省き、表情だけで心理描写が出来ている!”と絶賛した俺の立場は・・・・・・・・別に、描き足さなくても晴の泣きそうな顔が全てを語っていたと思うんだけどなー。













ヴィンランド・サガ 2巻 Amazonで購入
幸村誠
講談社・少年マガジンコミックス
2005年11月17日・発売
中世ヨーロッパ・戦場・民族
 2巻目にて過去編がようやく終了。この続きは来月のアフタに直接繋がるということで、これでようやく時間軸が戻るみたいですね。アフタの読者としても、「これまでの展開を追いかけたければコミックスを買えば良い」ので、『ハツカネズミの時間』同様に雑誌移籍に関して最低限の措置は取られました。
 マガジンを読んでいた際の感覚では「過去編は2巻に2〜3話入りきらないんじゃ?」てなもんでしたが、ページ大幅増加で何とか収録しきりました。1巻に比べると50ページくらい多いですね。その分値段は高いけれど、青年コミックス以上の分厚さを500円というのはお得感タップリ。まぁ、サイズは少年コミックスのソレなんですけどね・・・・・・

 というワケで、過去編の主役となるトールズが表紙。
 1巻のトルフィン(赤基調)と対比になっていて、本屋さんで見つけやすかったです。


 マガジンで立ち読みした時は、度重なる休載とテンポの遅さに閉口気味だったんですが、コミックスでまとめて読むとコレはコレでキレイにまとまっていて読み応え十分でした。
 戦に向けて、殺すのも(仲間が)殺されるのもイヤになっているトールズ、無邪気に手柄を立てようと喜ぶアーレ達、父と同じように戦いたいと背伸びをするトルフィン・・・と、三者三様。その溝は埋まることなく、悲劇へと繋がってしまうワケで。過去編はあくまで過去編であり、ここから本編にどう繋がるかが作品の質に関わる問題だと思うんですが、本編への期待値は十分に高めてくれたかなーと思います。背景描写や、細かい小物のディティールなどもムチャクチャ美麗。これを週刊連載しようって考え自体が・・・・・・・・

 ただ・・・・まぁ、厳しい言い方をすれば過去編は過去編。
 今回で言えば「トールズは死ぬ」「アシェラッドがトールズの仇」「トルフィンはアシェラッドの命を狙って海賊になる」「トルフィンの短剣はトールズの形見」「トールズの軍船はアシェラッドのものに」―――という結果は2話の時点で分かりきっていたことなので、犯人の分かっている推理小説を読まされているようなもの。いくら表現に面白い部分があったとしても、心からのワクワクは出来ないよなぁという残念なところがあります。アシェラッドとトールズの決闘が迫力十分で、トリック的にも面白かっただけに・・・・

 今回のように現在→過去→現在と時間軸を混乱させるんではなく、サンデーの漫画みたいに過去→現在とシンプルな物語にしておくのも手だったと思うのですが・・・・・それだと地味すぎて新連載としてはパッとしないだろうし、何よりマガジンとしては新連載ラッシュの目玉としてこの漫画を置きたかったのだろうから、こういうワケ分からん構成になっちゃったのでしょう。勿体ないなぁ。


 【過去編→本編に繋がるかどうかの要素】
 ○ 母、姉、アーレなどの村人は出るのか?
 過去編の時点で「年々寒さが厳しくなっている。移民しなくては・・・」という台詞もあったので、アイスランドに留まっているかどうかは分かりませんね。トールズ視点でのヘルガ(母)は語れましたけど、ヘルガ視点でのトールズは語られなかったので―――連載が続けば、再登場の可能性は高いかと。
 アーレは再登場するならば、強くなっているというよりも、戦士以外の道を選んで平和に生きているんじゃないかと予想します。その方がトルフィンとの対比になるし。


 ○ レイフは?
 こちらは村人と違ってそこらを渡りまくくっているのだから、バッタリ会うということもありそう。何より作中で唯一ヴィンランドに行ってきた人なのだし、タイトルが意味するものが変わらなければ、かなり重要なポジションとして出てくるのでは?


 ○ フローキやヨーム戦士団は?
 高校世界史の知識で恐縮なんですが、確かこの時代のイングランドはデーン人によって侵略されて王朝まで建てられていたはず。調べてみると、それが1016年。作中は、10年前が1002年だったはずなので、本編(1012〜13年くらい?)も依然として戦争が盛んな時期―――どこかで絡んでくるのは間違いないっぽい。
 しかも、ヘルガは当時の首領の娘だったそうで、その辺りのトルフィンとの因縁も出来そう。父の死の真実を知った時、復讐に燃えるトルフィンがどういう反応をするのか。


 ○ アシェラッド組のメンツ
 現在のところ、アシェラッド以外はビョルンくらいしか目立ってませんね。
 ビョルンは第1話冒頭でアシェラッドと話していたり、第2話でトルフィンの肩を入れたりしていた人。トルフィンのことを買っていて結構いい人なのかと思ったら、過去編ではバーサーカーモードになった挙句にトールズに瞬殺。激昂してトルフィンを人質にとったり、本質的にはコイツがトールズの仇と言っても支障がないほどじゃないかという落ちっぷりを披露。
 少なくとも、“頼れる仲間”というポジションには戻れそうにない・・・・・


 ○ 「戦士に剣など要らぬ」
 帯にもついているように、この台詞は今後のトルフィンの復讐劇の重要な一要素になりそうです。「自分の身を守るためだけに使え」と渡された短剣で、父の言葉と正反対の行動を取るしかない彼が、どうやって復讐から解放されるのか―――

 第2話の「人は誰しもが何かの奴隷」とアシェラッドの台詞の通り、トルフィンの復讐は作中ではネガティブなものだと描かれているので、トルフィンが自由になってエンディングだとは思うのですが―――果たして。


 というワケで、根源的な不満はありますが十分に楽しみました。
 やっぱりコミックス向きの漫画ですよね。少なくともマガジンで連載を追いかけるのに向いていたとは思えませんや。それでは、12月からのアフタ移籍をとてもとても楽しみにしております。













ヴィンランド・サガ 1巻 Amazonで購入
幸村誠
講談社・少年マガジンコミックス
2005年7月15日・発売
中世ヨーロッパ・戦場・民族
 『プラネテス』でSF漫画界に革命を起こした幸村誠が描く新作。1000年前のヨーロッパを舞台に、リアルな武器・地理・社会階層などを絡めて、主人公達の“安住の地”への想いを描いていくんでしょう。とにかく衝撃的だった第1話、静と動を上手く描き分け「人間本来が持つモノ哀しさ」を表現した第2話、過去編突入の3・4話―――と、ここまでは申し分ない内容。問題はこっからのテンポなんですが・・・・・・まぁ、週刊誌に、月刊連載の頃のような密度を求めるのは酷ですよね。


 値段が普通の少年コミックより20円高いんですが、多分冒頭4ページのカラーのせいですね。逆に言うと、20円くらいで文句言わない替わりに(雑誌掲載時の)カラーを求めるような世代に向けているんだってことが分かりますね。どうせだったら、100円上げてでも青年誌のサイズで発売してくれれば良かったのに・・・・・(サンデーで言う『ARMS』みたいな)

 帯が銀色でカッチョ良いんですが、僕のはちょっと塗装が剥がれてきています・・・・・うわぁ、ショック。こういう運ホント恵まれない・・・・・


 巻末描き下ろしで、ヨーロッパの地図で全体の距離なんかを教えてくれています。確かに連載時にはよく分からなかったことが多いので、2巻以降にも入れてもらいたいものです。
 1話と2話の舞台がこんなに離れているんなら、どっか途中でトルフィンvsアシェラッドの決闘が行われてもおかしくなかったような気もしますが・・・・・・・演出とか、ゴルムとアシェラッドの対比みたいなものを描くためだったのでしょうか。今思うと、このゴルムの村と、3話以降の舞台となるトールズの村の対比って意味もあったのかも。


<第1話 北人>
 大迫力の合戦シーンは言うまでもなく凄いです。アシスタントは何人死んだのでしょうか。でも、この漫画―――モブとメインキャラに違和感ないんですよね。顔だけは幸村先生本人が描いてるとか、タッチの似ているアシがいるとか?

 まず始めに攻略対象となる砦の概観を描いておいて、「絶対ムリ」と言われていた湖からの進撃を、ビジュアルとして効果的に見せています。また、この湖からの攻撃も弩にて足止めされるんですが、それを別動していたトルフィンに潰させるという・・・・多面同時展開を物凄いペースで描ききっているがゆえの迫力なんですよね。
 また、トルフィンの特攻も――立ち読み時は分からなかったんですが、まず一人目の指を斬り落として長剣を奪い(短剣は口にくわえている)、それで大将首を獲ったということなんですね。この頃はまだトルフィン=短剣という認識がなかったから、分かっていなかったです。

 アシェラッド一人にスポットが当たっているヴァイキング組と違って、むしろフランク王国の連中のキャラが立っていますよね。ジャバザ将軍、片目になった参謀(?)、将軍を世話してる従女(?)、滝の下にいた二人組―――と。この頃はまた再登場するのかと思っていたんですが、巻末の地図を見たら、そう簡単に遭遇できるもんでもないような気もしました。この二人組とか、いいキャラしてるんだけどなぁ・・・・・


<第2話 ここではないどこか>
 「今年も何人か死んだってよ」
 「マジか!?やったぜ」
 「この村でまた新しい乗組員募集するかな?」

 というやり取りで、彼らの価値観と僕らの価値観が全く持って別物であることを表現。牧歌的な風景描写の裏に、こうした文化や認識の差異をさり気なく描いているのが凄いです。
 でも、女のコの描き分けはよう分からん。アシェラッドに声援を送っていたコらと、決闘を見ていた女のコ2人組は別人なんですかね。同じ顔なのに服が違う・・・・? まぁ、アレです。「双子の姉妹なんですよ」とかで脳内変換して萌えておきましょう。

 決闘シーンは静と動を描き分け、適度に解説もいれ、キャラも掘り下げ―――と、お手本のような1vs1描写ですね。見開きなんざ使わなくても、格好良いバトルは描けるということですよ。
 そして、そこから語りだすアシェラッドの「人間はみんな何かの奴隷だ」という台詞と、遠くを見つめるホルザの台詞へ踏まえて―――過去編へ。ここまでの展開は1ミリのムダもなく、過去編への期待を膨らます伏線がチラホラ。申し分なかったんですけどねぇ。


 とりあえずホルザに萌えておきますか。未だかつて“寝起きに間違えて刀を突きつけてしまった男女”が恋に落ちなかったことはないので、ホルザはヒロイン確定なのかな? デザイン的にはモブの女のコと大差ないのだけれど。


<第3話〜第4話>
 過去編。過去に入ってから一気に話のペースが落ちてしまったのは残念です。
 レイフの語るヴィンランドと、“この世界のどこにも逃げ場がない”彼らの現状を描いています。つまりは―――第2話ラストのホルザの台詞を、トルフィンの過去に当てはめて描いたってだけなんですが。
 平和な村の描写が、第2話の村の描写と同じようであるということは、“同じような環境でも”変わってしまったトルフィンの10年間の壮絶さを暗喩しているのかも。でも、このくらいの年の男は10年経ったらたいていは別人だと思いますけどね。


 『プラネテス』を読んでも思ったのだけれど、幸村先生の作品って未来や過去を舞台にしていても、描かれているのは現代人に向けたメッセージなんじゃないかと思います。“逃げ場のない世界”なんかはまさに今の日本人に当てはまる言葉ですし、アシェラッドの「人間はみんな何かの奴隷だ」という言葉も現代人への皮肉のように思えます。

 幸村誠は人間を描く作家であって、きっとバカで卑怯でどうしようもない人間達に失望しながら、それでも人間が大好きなんだ。

 これは『プラネテス』を読んだ時の僕の感想(こちら)なんですけど、多分『ヴィンランド・サガ』もそうなんだと思います。フィーが朝の景色に憎しみを吹き飛ばされたように、きっとこの漫画にも一筋の希望があって、それが象徴的な意味での“ヴィンランド”なんじゃないかと思います。


 だから、せめて。その一筋の希望が描かれるまで―――この作品を打ち切らないでくれよ、マガジン。じゃないとこの漫画、絶望だけ描いて終わってしまうじゃないですか。




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